月に一度、家族で食事をする。
決まった店で食事をする。
それが30年間続いている。
地元のイタリアン・レストランで…。

　そんな小説のような出来事が、ここ市川にあるとしたら、ちょっとのぞいてみたくはならないだろうか。

　真間駅前通りの中ほど、いつも季節の花が飾られたウエルカムボードを目印に、階段を上がったところにある。
　店内にはゆるやかなジャズが流れ、いかにも居心地のよさそうな空間が待ち受ける。

　ここ市川で店を構えて30年になろうとしている。開店当初はイタリアンバー形式でと考えていたが、顧客の要望に応えながら営業するうちに、食事がメインのレストランとなった。

「本当に頭が下がります」と、オーナーは繰り返す。
　30年に渡って同じ店に通い続けるのは、周りを見渡してもなかなかないこと。親子3代に渡って利用するお客様もいて、「お客様とともに営業させてもらっています」という。

　家族のお祝い事に使われることも多く、自然と会話も家族の話となり、お客様の好みもよく知るようになる。

　ホーム・ドクターならぬ、ホーム・レストランなどという言葉が連想される。

「マリオで待ち合わせね」と、そんな風にお客様に気軽に使っていただければとつけた名前。誰にも親しみやすく、言いやすい名前がいいと、イタリアの通りにちなんでつけた。
　くしくも、後に爆発的な人気を博したゲームのキャラクターと同じ名前。結果的には子どもたちからも「マリオさん」と親しまれることとなる。

　もともとは、調理専門学校を卒業した後、都内屈指のフランス料理店で腕を磨いた。その後、海を渡り経験を積む。帰国して店を開くにあたり、大衆的なイタリアンはどうかと先輩シェフからの提案もあって、この店を開いた。イタ飯ブームなどというものが来るよりも、ずっと前の話。まだイタリアン・レストランが珍しかった頃だ。

　親しみやすい店名と、ここ市川で肩肘張らずに楽しめるイタリアンは地元に定着した。日本人の口に合うように食材を吟味し、工夫を施した。ピザやグラタンなど、いまもなおメインとなるメニューが当時の人々に受け入れられ、今につながる。
最近では、適度に脂身もあり、食感のよい和牛（イチボ）の網焼きが人気メニューのひとつ。

　長く受け入れられている理由として、「好みの麺やいいワインにめぐり合えたことが大きい」と言う。が、偶然のこととは思えない。品質がよく、安い素材をを毎日探して歩き、美味しさへの追求は続く。気分転換には、デパートの地下でおいしいものを探すというのだから、食に対する貪欲さはほんものだ。
　いつでも美味しいイタリアンを堪能できる。その安心感こそ、常に人々の心の隣に存在し続けている理由ではないだろうか。

　スタッフもまた、長くこの店に居る人ばかり。学生の頃にアルバイトで初めて、社会人になっても休日だけ手伝う人もいるそうだ。
お客様のコーヒーの好みまで知り尽くしているので、安心して任せられる。情が移り、家族同様に「心で接している」というのもうなずける。

　そんなお客様との思い出は数知れない。食器棚をあけると、お客様と撮影した写真が貼られている。
　店の前には、数え切れないほどのワインボトルが置かれていて、ワイン好きが集まる店というのがよくわかる。「ピノタージュ」など、珍しい南アフリカのハウスワインも人気がある。
　毎年、ボジョレヌーボの時期には同じメンバーが集まり、今年の出来について語り合う。樽で仕入れるワインは、味も香りも格別。「少し酸味が強いかな」と、今年の解禁日も仲間で楽しんだ。

　出張料理は20年前から始め、お客様の要望に合わせた価格でおせち料理を作ることもする。

　すべてはお客様と、心と心でつながっているからできること。

　ふと道の向こうから見つけて、あの店に入ってみようかと、「そんな風に横切れる道というのがとてもいい」と真間駅前通りを表現する。

　穏やかな笑顔と美味しいイタリアンで、今日も心でおもてなし。思い立ったときに、階段をのぼってみれば、温かく迎えられることだろう。