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九十九屋さんたの妖怪古今録

幽霊にはなぜ足がないの?

そのはじまりは行徳にある!?

幽霊の絵は、おおよそ足のない姿を思い浮かべると思います。
その理由は円山応挙の描いた幽霊画が始まりといわれています。その始まりとなったお話が市川に伝わっています。

 円山応挙は一夜の宿を新河岸の南、行徳の地に求めた。行徳には何件かの宿があり、泊まった宿を信楽という。深夜、起き上がった応挙は、外に出るとそこには女の幽霊がいた。幽霊は応挙を残し、闇の中に消えていった。
 朝になって、その事を信楽の者に告げると、病の家人が、客に迷惑をかけぬように、夜中に起き上がったという。

 この一件を元に、絵を描きあげたのが、市川の徳願寺にある幽霊画とされています。この絵はとある華族の元にあったのですが、その後何件かの商人の手を経て、徳願寺に伝わりました。その間に、様々な不幸があったといいます。

 さて、円山応挙が、足のない幽霊を描いたのが、幽霊画の転換になったといいます。その後、幽霊の絵といえば足のないものとなりました。応挙は、写生を良くし、写実的な絵を描いた人として知られています。 
 応挙の画で有名な幽霊図といいますと、お雪の幻という作品です。これは応挙が亡くなった妻の姿を元に描いたものとされます。妻の姿は、障子の向こう側に立ったものとされます。ちなみに亡くなった後に思い出して描いたものです。応挙の絵には、『龍門鯉魚図』という鯉が滝を登る絵があります。しかし、その絵には水は描かれていません。しかし、描かれない事で、滝を登る鯉の姿を描いています。同じように、幽霊もまた、一部を描かない事で、この世の者でないのを示そうとしたのではないでしょうか。どうして足がないとこの世のものではないか?
 それに関してはもう一種類足の描かれない絵について話したいと思います。
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