本八幡botのXで書ききれない話

こんにちは、本八幡botです!
梅雨の時期ですね…!今年は豪雨や洪水にならないことを祈るばかりです。
さて、サムネイルで分かったと思いますが、江戸川の話です!
市川・本八幡エリアの北部と、妙典・行徳エリアの南部。
これを二分している江戸川、なんと「もともと存在しなかった」のです!

つまり陸続きだったんですね!知ってた!?
陸のままなら今みたいに南北での交流が分断されることもなかったのかもな~…!
ではその経緯は?と言うととても複雑で、時代はなんと江戸にまで遡ります。
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ここで一つ大切なクレジット表記!
この記事内では、「今昔マップ」より作成した古地図を使います。
時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)さん、ありがとうございます!
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群馬県から南下してくる利根川。千葉県エリアではチーバくんの鼻先から頭、耳までの線ですね。
その利根川も、昔はまさかの東京湾に注いでいました。
かつて「暴れ川」と呼ばれた利根川。
江戸時代、徳川家康によって銚子のほうへ流し変えるという途方もない治水工事が行われました。
これが実現すれば、暴れ川の水害を防いだり、流路の沿岸で新しく農業を始めたり、銚子から江戸への船での水運を切り開けます。
当時はもちろん車などなかったので、物を運ぶ主な手段は水運でした。川が道路代わりに使われていた時代ですね。
これが実に60年もの年月を費やしたと言われる「利根川東遷」という事業です。
開削(かいさく)工事は困難を極め、水量が多すぎると下流が洪水になるし、少ないと船が通れないので、絶妙なバランスを保ちながら進められたそう。
これが江戸時代…すごい…

一方、市川市と江戸川区の間に流れている川、こちらについては昔から存在していました。
水系の最下流、当時は「太日川(ふといがわ)」という名称でした。
こちらはなんと、東遷より前は渡良瀬川の水系でした。
川を流れている水の正体は、はるばる茨城県産の水ということになります。
利根川とは直接はつながっていませんでしたが、東遷ののちの開削によって今度は利根川と接続され、江戸に物を運ぶ運河という由来から名称を改め「江戸川」と呼ばれるようになりました。
チーバくんの鼻から口への線が完成した形です。ぜんぶチーバくんで説明できて便利!
しかしこの時点では、肝心の市川南北を分断する川は存在しません。
これが冒頭の地図の状態です。

この接続での治水をもってしても、今で言う松戸や市川の沿岸は、河床の上昇などが影響してたびたび洪水が起こっていました。
川の中に島があり、また川沿いにも家屋も密集していたことから、この川水を安全に海へ流すため、江戸川からさらにもう一本の大きな川の開削が計画されました。
これが今の江戸川です。
「江戸川放水路」として始まったこの計画は大正5年(1916年)から。約100年前…!
太日川は江戸川となり、江戸川は放水路の登場によって旧江戸川と呼ばれるようになりました。
そして今度は放水路のほうが江戸川と呼ばれるようになったのです。
ここで一つ疑問が残ります。
新しく川を作るにしても、では何故このエリアだったのでしょう?

市川市は北部が山、南部が川という地形的特徴を持っています。
川を開削するなら、もちろん山を避けて南の低地を選択せざるを得なくなります。
さらに、旧江戸川をよく見ると、流路がぐねぐねと曲がっています。
川はまっすぐな方が当然スムーズに流れます。
曲がりくねって上手く流れない川の対策として造る川です。
既存の川との接続など意識せず、人間が流路をコントロールできるとなれば、開削計画は必然的にこうなります。
そして旧江戸川とはほぼ直角の方向に、土地を南北に分断する形で放水路が造られました。
実際、江戸川よりも北の陸地に「上妙典」という町があります。
こっち側なのに妙典?と思うかも知れませんが、もともと地続きだった妙典が江戸川放水路の開削によって分断され、ある意味こっち側に取り残された飛び地の部分ということになります。
こういう経緯を聞くと納得感がありますね…!
新しいほうの江戸川には「行徳可動堰」という水を止める堰があります。
ふだんは水を堰き止めて旧江戸川のほうへ流し、こちらには水が流れないようにしています。
閉じているので水流がほとんどなく、市川に住んでいるとよく聞くハゼや牡蠣が生育しやすい環境になっています。
この堰が上がるときは、増水した江戸川の水を通すとき、つまり水害危機の時を意味します。
海水の遡上を防ぐだけでなく、水量のコントロールも担っているのですね。
なお、市川市はこの堰に加えて「高規格堤防」という決壊防止策を取っています。
実際2019年に大きな脅威とされた台風「ハギビス」への耐久に、有益な効果を上げたと評価をされています。
我々の江戸川はこうやってできたんですね!
治水の歴史は街の歴史、こういうの調べるの本当に面白いな~~~!
史実まとめはまた是非やってみたいですね。
また次回!大都会本八幡!
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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